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Club 山咲 北新地のお店です。

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花がさね 序章

古い館の離れから、快楽を貪る女の喘ぎ声が聞こえてくる。
母がまた新しい男を連れ込んできているのだ…
母の情事の時のいやらしい鳴き声を聞くのは、今に始まったことではない。
私は小さな頃から母親の、あの声を聴きながら育ったのだ。
あの声を聴いた次の日は、必ずと言って良いほど母親の機嫌がよい……
だからなのだろう、私は母親のあの声を聴くと無性に安心してしまうのだ。

欲求不満に陥った時の母親は、手のつけられない程のヒステリーを起こし、
その姿に私は、子供の頃からひどく怯えていたのを覚えている。

「明日は、母さまはきっと機嫌がいいわね…」

「ええ…きっと…
さあ、お嬢様もそろそろ眠りませんと…風が冷とうございます…」
夜冷えを気遣ってか、御女中の春日清子がカシミアの肩掛けをフワリと掛けてくれた。
「ありがとう、おキヨさん…そろそろ眠るわね…」
「はい…明日も女学校で早よう御座いますから…」

春日清子は、私が物心がついた時からの世話役である。
仕事と恋愛に忙しい母の代わりに、私の身の回りをアレコレと世話を焼いてくれる
言わば二人目の母親のようなものだ。「まだ肌寒うございますから…」
おキヨはタオルできっちりと巻いた湯湯婆をベッドの足元に置き、
私がよく眠れるようにと、眠り香を焚いてくれた。

ジャスミン香が心地良く部屋に満ちる頃には、私はすっかり夢の世界に導かれていた。

夢の中では、今は天に召された若き父が、庭先で蝶を追う私を見つめて微笑み、
その傍らでは母が穏やかな笑みをこぼしていた。
もう帰らない思い出の家族の至福の時……なのに私はこの夢ばかりを見る…

「……子…真莉子…起きなさい…」

「…んっ…おキヨ…今起き……」
私は薄目を開け、その声の主に驚き、布団から飛び上がった。「母さま!!」

「そんなに驚いて…はしたない…大切な話があるから、支度を終えたら下に降りてらっしゃいな…」

滅多に娘の部屋に訪れる事の無い母の行動に、驚きを隠せないまま、
身支度を済ませ、足早に一階のリビングに向かうと、母が滅多に見せない微笑みを投げかけ、
階段の中程で立ちすくんでいる私を手招きした。
「真莉子、早くおりてらっしゃいな、あなたに是非紹介したい人がいるのよ」

その時の母は、まるで娘のように頬を紅潮させていた。
母の向かい合わせに座っていた男性は、母の言葉と同時に振り向くと、軽く会釈をした。
私はその男性の容姿に、暫し目を奪われた。
何故なら、その男性は亡くなった父に、うりふたつだったからだ。
「真莉子さん、はしたないですよ、早くこちらにいらっしゃいな」

母の言葉に慌てて、母が座っている右隣に座ると、その男性は柔らかな微笑みを浮かべ、
まっすぐに私を見つめた。
「初めまして真莉子さん、私は、遠藤和也と申します。」
遠藤の挨拶とほぼ同時に、母が割入るように話しだした。
「実は、母様ね、こちらの遠藤さんと、再婚しようと思うのよ……この方なら真莉子さんも気に入ってくれると思って…」
母の言葉は私の本音を捕らえていた。
何故なら、私が亡き父の面影を忘れられないことを知っていたからなのだ。
そして、母もまた、私の気持ちと同じだったのだろう。
今度ばかりは、娘に哀願をするように私の手を握りしめていたのだから。

こんな真剣な母さまは見たことが無い……そして、私もこの遠藤と言う男に少しばかり好意を抱いていた。
「母さまと私を本当に大切にしてくださるなら、私には反対する意味はありませんわ……
では私は女学校がありますので……母さま、おめでとう…」
遠藤は真莉子の顔を見つめると、かつての父のような微笑みを見せ、リビングから出ようとする私の手を握りしめた。
「千鶴子さんも真莉子さんも大切にします…」

母は泣いていたのか俯いたままだった。

母が幸せになることには反対は無く…
でも心の芯が熱くなって、鼓動が乱れるのは何故だろう………

今まで経験した事がない、心の乱れの理由もわからないまま、真莉子は女学校へと向かった。

桜の花がほろほろと、桃色の花吹雪を空に舞い散らし、
無色透明の世界を彩ってゆく……

序章 完

花がさね 第1話

母が再婚して、初めての夏が訪れた。

新婚で居るはずの母は、新たな執筆作業の取材旅行に出掛けてしまい、
母の身の回りの世話をしなければならない御女中のキクも、今はこの館にはいない。

「キクがいないと、あまりロクな食事も出来ないわね…」


キクから簡単な料理の手ほどきを受けたものの、
料理の初心者である真莉子は、不器用な手付きでハンバーグの用意を始めるも
玉ねぎのみじん切りで、その動きが止まってしまっていた。

「玉葱を切るだけで涙が止まらないなんて、聞いてないわよ!」

包丁を握りしめたまま、涙をポロポロ流して俯いている彼女の後ろ姿は、
さながら恋に悩んで泣いているかのようにも見える。


「貸してごらん…玉葱のみじん切りはコツがあるんだよ…」
いつの間にか真莉子の背後に立っていた和也が、堅く握りしめていた包丁を
真莉子の手から取ると、鮮やかな包丁捌きで、真莉子がポカンと彼の顔を
見つめている間に、その半分以上を仕上げてしまっていた。

「この材料なら、今夜はハンバーグを作ってくれるのかな?」
和也は、調理台に雑然と並べられていた材料の上に乗せられている、
おキクが書いたであろうレシピを見ると、
まるで毎日料理をしていたかのような手つきで調理を始める。
「お義父様は、男の方なのに料理も達者ですのね」
「ああ、私は書道家の弟子時代に、師範の家に住み込みで師範の食事やら
身の回りの世話をしていたからね、私自身家事は嫌いでも無いのだよ」
和也は、着ていた着物の袂を捲りあげ、落ちて来ないように襷で軽く結う。
普段は細身に見える和也の腕は、意外と筋肉質で、
真莉子はそれに少しドキリとしながらも和也の手さばきを見つめていた。

「今の内に何でも覚えていた方がいいよ…特に女性は料理上手である方がいい、
料理上手は男性を引きつけるからね……それに、料理上手は…………
おっと子供にはまだ早いかな」
「なんの事ですの?それに私、もう子供じゃありませんから!!」
頬を膨らませ、ムッとしている真莉子に和也はクスッと鼻で笑うと、
「料理上手は床上手とも言うのだよ……義父が子供に言う台詞では無いのだけれど」

確かに17の子供を相手に言うべき台詞では無いのだが、
真莉子は小さな頃から母親の奔放な性遍歴を見つめて来ていたせいか、
和也の言葉にも動じる事無く
「じゃあ料理上手の義父様は床上手って事なのですわね」と、切り返してきた。
これには和也も一瞬ドキリとさせられたが、『子供の強がり』 と鼻で笑い
「本当かどうか試して見るか?………」と、これ又義理とは言え、親子内の会話とは
思えない会話を食事中にも関わらず繰り返していた。
当然、和也は子供の強がりに付き合っているだけなのだが、真莉子は以前から亡き
父の風貌に良く似た和也に、ほんの少しではあるが、恋に似た感情を抱いていたため、
何を言っても子供扱いする和也に感情的になっていた。

和也が真莉子を宥め、食卓から去った後も彼女は複雑な感情を抱えていた。


小さな花の蕾が膨らみ始めるその17才の娘の横顔には、確かに女の心が芽生えていた。

続く

花がさね 第2話

その夜、真莉子は館の離れ部屋までの長い廊下を歩いていた。
その廊下を渡りきった突き当たりの右手には母と和也の部屋があり、
左手には和也の部屋兼作業場があり、
その部屋の前からも擦墨の匂いが鼻をくすぐる。

「お義父様は、此方においでなのかしら…」

真莉子は和也の部屋の前で着物の裾の乱れを直すと、
小さくドアをノックした。


「お義父様…真莉子です…入っても、よろしいかしら…」

「真莉子…いったいこんな夜更けにどうしたんだ?」
突然の夜の来訪者に驚きながらも、真莉子を部屋に招き入れた。
「夕方の話の続きですわ…」
「夕方?……ああ……まだあの話を気にしていたのか…」
「私……あれから、よく考えてみました。私はまだ17才ですが、心はもう大人ですわ…」

和也は眉を八の字に下げると、真莉子の言葉を遮った。
「では私にどうしろと?」
真莉子は少し緊張した面もちで、手に持っていたハンケチを握りしめた。

「私を……」
「私を大人にしてください」

真莉子の言い放った言葉に、さすがに和也も慌て、真莉子の口を
細長く白い手で塞いだ。
「これ以上言ってはいけない……わかるね?私とお前は義理であれ、親子なのだよ…」
真莉子は和也の手を払いのけると、その和也の手を握りしめた。
「わかっています……でもこの胸の高まりは何なんでしょうか……
初めて、お義父様とお会いした時から、この高まりは日に日に激しくなってきますもの…」

和也の手を自分の左胸にあてながら、
今にも泣き出しそうに、その肩を小さく震わせていた。

「母のいない一週間だけでいいのです……」
「私に千鶴子を裏切れと……私だけじゃない…君も母を裏切る事になるんだよ…」
「自分の行動に責任を持つ事も大人として大切な事なのでしょう?」
「確かにそうだが…それとこれとは話が違うだろ?」
半ば和也にすがりついた形の真莉子の着物の襟元は、着崩れ、中からは白い胸元がはだけていた。
和也はそれに動揺しながらも冷静を保っていた。
「真莉子さん…今日は、お部屋にお戻りなさい…」
「…………。」
真莉子は、うっすらと目に涙を浮かべ、俯きながら和也の部屋のドアに手をかけた。

「私……部屋で待っております…。
だから……来て…」

和也は真莉子の忘れて行ったハンケチを見つめながら、大きく溜息をついた。

「一週間だけの秘密か……」


それからどれくらいの時間が経ったのだろう、
白いハンケチを手に持った和也は、真莉子の部屋の前に立っていた。


続く

花がさね 第3話


花がさね 第4話

真莉子は、真夜中の訪問者のノックの音に耳を疑った。

「まさか…お義父様?」
そろりと鍵を外し、外を伺うと、僅かな隙間から和也の着物の生地が暗闇に
うっすらと浮かぶのがわかる。
真莉子はそのまま顔を上げ和也の顔を確認すると、ドアを開けた。
「お義父様……」
和也は躊躇した面もちで手にしていたハンケチを真莉子の白い手に渡した。
「忘れ物だ………」
真莉子はクスッと小さく笑うと
「明日でも宜しいのに…」
真莉子の忘れ物のハンケチを理由に、部屋を訪れた事にバツが悪いのか
和也は少し顔を強張らせていた。
「あれだけ君を否定して今更ノコノコやってくるなんて、最低だと自分でも思うよ」

「でも、わたくしはそれだけで嬉しいですわ」
真莉子は頬を赤く染めるながら、和也の手を引っ張るように部屋に招き入れようとした。
だが和也はそれを拒むように、腕に力をいれた。
「…君の部屋に入る訳にはいかない……いや…この家のどの場所でも君を抱く事は
出来ない…」
和也は着物の懐から鍵を取り出すと、それを真莉子に渡した。

和也は妻である、千鶴子への裏切り行為の上に、千鶴子の家で
裏切りを重ねられないと思ったのか、かつて和也が使っていたアトリエに行こうと真莉子に提案した。
「裏切り行為には変わり無いな…ずるい男だと軽蔑するだろ」
「軽蔑なんてしませんわ…でも、家を離れたら母からの連絡が取れなくなってしまいますわ」
「千鶴子にはアトリエに籠もると言えば、彼女は連絡はしてこないさ」
「では、わたくしは女学校のお友達の別荘に行く、と連絡しようかしら」
千鶴子は昔から真莉子の友達関係に無頓着だった為に、真莉子の友達の名前は勿論
の事、連絡先など全く把握していないのが幸いしたのか、
お女中であるキクにその事を伝えると、すんなりと承諾された。
和也も勿論同じように、すんなりと事が進んだものだから二人は小さな微笑みを浮かべた、

今から二人で時間を共有するのは一週間、
一週間が終えると先に真莉子が自宅に戻り、その5日後に和也が戻るという計画を立てた。
時間差を開けた方がよい、と言い出したのは真莉子の方で、この意見には、
さすがの和也も感心したものだ。
真莉子は『完全犯罪』と、ふざけながら笑ったが、和也はその小さな共犯者に少し驚きを隠せなかった。
「一週間の荷物は、これくらいでいいかしら」
真莉子は和也の心境とは裏腹に、無邪気に衣服を大きな籐のバスケットに詰めている、
「私は向こうにも残している衣服があるから、このままでいいよ、じゃあ…出るか…」

二人は車に乗り込むと、つかの間の沈黙が訪れた。
それは妻や母に対しての後ろめたさと、体の芯から溢れてくる危険なアバンチュールへの期待を
抑えているのか…

車は走り出した……もう…後には戻れないと静かに、和也が囁いた。



続く
 

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